ピンク・フロイド『狂気』は初心者向けか

[『狂気』ジャケット]

最近とある友人*1ピンク・フロイドの『狂気』*2を薦めたのだが、彼が実際に購入して聴いてみたところの感想は、いまひとつ良く分からない、といった感じのものだった。それを読んで僕は、あることに気付き、少しばかりしまったと思った。このアルバムは果たして初心者向けのアルバムなのだろうか、ということに疑問を持ったのだ。

確かにこのアルバムは、難解な(或いは難解っぽく聴こえる)作品の多いプログレッシヴ・ロックというジャンルの中にあって、全体的にキャッチーで聴き易く、実際プログレッシヴ・ロックとしては異例の売り上げを記録した。そして、そういったキャッチーで大衆受けする部分だけでなく、純粋にロックとしての完成度も高い、というのがロック・ファンの共通的な認識となっている。

このアルバムはロック・ファンにとっては歴史的名盤として聴き続けられるべきアルバムである。だが、実際にこのアルバムをロックの文脈の中において、非常に優れたアルバムであると理解するのは、いうほど簡単なことではないのではないだろうか。

僕自身も、このアルバムを(ひいてはピンク・フロイドというバンドを)本当に気に入ることができたのは、このアルバムを初めに聴いてから大分たってからであった。少し変な話だが、僕が彼らの音楽の素晴らしさに気付いたのは、ローラン・プティの振り付けによる『ピンク・フロイド・バレエ』をテレビ*3で見ているときだった。バレリーノ*4たちの踊りを見ているうちに、そのバックで流れているピンク・フロイドの音楽に僕は魅せられていたのだ(少し大袈裟かも)。

そこで僕が気が付いたのは、デイヴィッド・ギルモアのギターの素晴らしさである。それ以前はシンセサイザーのサウンドやコーラス・ワークに気を取られあまり気に掛けていなかったのだが(実際にはそれなりに気に掛けていたかもしれないが、当時の僕にはその良さが理解できなかっただろう)、ギルモアのギターの持つ表情が、非常に素晴らしいということに気が付いたのだ(僕の文章力では、陳腐な形容しかできないと思うので、とにかく素晴らしいとだけ書いておく)。彼のギターがピンク・フロイドピンク・フロイド足らしめているといっても過言ではないだろう*5。そしてそれと同時に、ピンク・フロイドの音楽の持つイメージを掴むきっかけを得たのである*6

[『炎』ジャケット]

そして、それに気付く以前は、「確かに聴きやすいけど……」「面白いアルバムではあるけど……」という気持ちがあったこともまた事実である。そして今でもまだ、このアルバムを理解し正当に評価できる自信はない。ある意味では『炎〜あなたがここにいて欲しい』*7の方がよっぽど分かりやすいと言える程だ。

ロック・レヴュー系サイトで見るこのアルバムに対する第一印象も、「打ちのめされた……!」というものから「なんじゃこりゃ?!」というものまで非常に幅が広い。しかし、そういったレヴュアーの多くは、今では傑作であると思う、といったことを書いている(べた褒めはしていない場合も多いが)。

つまりこのアルバムは、聴きやすいという意味では、入門者向けかもしれないが、良さが分かるか、という意味では必ずしも入門者向けではないのかもしれない*8

尤も、理解するのに時間が掛かるという意味では、早い時期に買っておいた方が良いと考えることもできるだろう。今まで理解できなかったものを理解した時の歓びというのは非常に大きいものであると思われるが故に。

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*1:ぶっちゃけて言うと、「暇人の部屋」のカイト氏である。

*2:原題は"The Dark Side Of The Moon"

*3:オンエアされているときに見たのではなく、大分後になってから、VHS録画で見た

*4:誤字ではない。男性のバレエ・ダンサーはこう呼ぶのが正しい。

*5:ギルモアがいない時期のフロイドを知らないので、実際の所はなんとも言えないが

*6:このイメージ(≒世界観)云々については、まだ僕は語れる段階に至っていないし、他所で多く考察され語られていることなので、ここでは述べない

*7:原題は"Wish You Were Here"

*8:念のために書いておくが、別に「初心者にこいつの良さが分かってたまるか」などという自惚れた意味合いでの記述ではない。そもそも僕自身がまだ充分には理解していないのに、そのようなことを言えるはずなどないだろう。