文芸

『妖女サイベルの呼び声』

Patricia Ann McKillip 作(1974年) 佐藤高子 訳(1979年) 原題 "The Forgotton Beasts of Eld" 早川 FT 文庫(1979年) Sybel が世間と交わることを通して知っていくことになる愛と憎しみを描く上で、彼女の、声によって相手を呼び寄せる、という妖術が効…

ジェンダー的 SF ミステリーにおける同性愛に関する記述――『BG、あるいは死せるカイニス』

石持 浅海 作(2004年) 人間は全て女性として生まれ、一部のみが男性化する、という世界を舞台とした SF ミステリー。佳作だと思うが、いくつか気になる点があった。 特に気になったのは、以下の同性愛についての記述だ。 仕方がないから女同士で擬似的に快…

『ナイチンゲールは夜に歌う』

John Crowley 作(1983〜1989年) 浅倉 久志 訳 (1996年) 加藤 俊章 装幀画 SF ファンタジー文学短編集。新たな世界の創造に対する渇望と困難が描かれた、素晴らしい作品群。特に「時の偉業」は時代改変ものの快作。 mixi 2006年11月9日 検索用単語 ジョン…

『不思議の国のアリス』―― 良訳

Lewis Carroll 作(1865年) 矢川 澄子 訳 (1990年) 金子 国義 挿画 原題 "Alice's Adventures in Wonderland" 独特のリズムを持った口語調の訳が、初めは若干違和感があるものの、読み出すと大変心地よい。「お話」としての原作を生かした素晴らしい訳で…

『夜来たる』―― Asimov 珠玉の短編集

Isaac Asimov 作 美濃 透 訳 SF の短編に求められるものの、その最もたるものとして、価値の転倒と云うものがあげられるだろう。そして本書に収められた短編は、何れもその条件を満たしている。下に表題作についてのネタばれあり。

『飼育、死者の奢り』

作:大江健三郎 大江健三郎氏の作品は、以前特に選びもせず読み始めた作品が好みに合わず、それ以来全く読んでいなかったのだが、やはり他の作家への影響等を考えると、読まないわけにはいかないと感じたので、比較的好みに合いそうな、初期の作品から読んで…

『ネコソギラジカル』

作:西尾維新 なんか色々バランスが崩れかかっていたけれども、キャラクターのインフレーション等々を考慮すると、まあなんとか巧く纏めたといった印象。いや、やっぱり崩れてしまっているかもしれないが。シリーズ全体の長さとしては妥当だと思われる。戯言…

グレッグ・イーガン『行動原理』

作:グレッグ・イーガン 訳:山岸真 大学の SF 研究会の読書会で読んだので。以下、ネタばれあり。

6/27 『第三の嘘』

作:アゴタ・クリストフ 訳:堀茂樹 一人称単数でありながら、前作までと同様曖昧な描写は用いられていない。本作の内容は一見矛盾のない様に思われるが、前作の結末故に、一体どこまでが真実なのか、この物語を語る主体は一体誰なのか、と云う疑問が沸き、…

『ふたりの証拠』

作:アゴタ・クリストフ 訳:堀茂樹 文体の引き起こす戦慄は、前作に劣るかもしれない。しかし、三人称ではあるものの、前作と同様の曖昧性を一切省いた文体が用いられており、それにも関わらず私は、そこに描かれている人物の、そこから感じ取れる感情に惹…

6/21 『阿修羅ガール』 此岸と彼岸

作:舞城王太郎 此岸と彼岸の均衡感覚において、田口ランディよりは優れているが、町田康には及ばない、といった感じである。主人公は自身の彼岸体験を相対化して見せているが、それに比べて作者が充分に相対化しきれていないような印象を受けた。尤も、臨死…

6/13 『悪童日記』 文体の戦慄

作:アゴタ・クリストフ 訳:堀茂樹 一切の内面描写を含まず、曖昧さを省いたその文章に、しかし私は戦慄を覚える。このような文体で自らを記述する主体として描かれた「僕ら」は、その精神は、あまりにも強すぎる。 簡潔さ故に読みやすく、純文学読みにも、…

『ロリータ』

作:ウラジーミル・ナボコフ 訳:大久保康雄 ロリータ・コンプレックスの語源として語られることの多い作品であるが、その実非常に文学的魅力に溢れた作品である。この小説の魅力は、その倒錯性よりも寧ろ、ハンバート・ハンバートという一人の男性の、優れ…

『ヒトクイマジカル』

作:西尾維新 登場人物がそろいも揃って自分の哲学を語ってしまっているあたりどうかと思う部分もあるが(個人的にはそういうのは好きなんで問題ないが)、この作品の不安定性は魅力的だと感じる。 今作で揺さぶりを掛けられた戯言使いが、次作でどのような…

『煙か土か食い物』

作:舞城王太郎 この作品の含む「純文学」的な主題(血、暴力、生死)は、戦後日本文学においては決して珍しいものではないだろう。しかしミステリという形式によって書かれたこの物語からは、独自の破壊力が感じられる。そしてそれは勿論ミステリという手法…

西尾維新『きみとぼくの壊れた世界』における

病院坂黒猫の「分からないことがあるぐらいなら死んだ方がましだ」という台詞は、非常に馬鹿げているが、分からないでもない。2006/5/15 新書

『クビシメロマンチスト』

不覚にも表紙に萌えてしまった(爆巧いですね実に。戯言度合いも、ミステリとしての出来も、日本語の崩壊具合も。注目もされるわけだ。西尾維新は自分の青臭い戯言的なエンターテインメント性に自覚的な、いわば知的快楽をエンターテインメントの要素として…

『クビキリサイクル』

僕はなぜ天才が出て来る物語に魅せられるのだろうか。それはおそらく僕が天才になりたいと非常に強く望む人間だからだろう。 僕は自分が天才おそらく天才にはなれないだろう。だがまだどこかで自分がいつか天才として覚醒する可能性を信じているのかもしれな…

グーグル・トレンドによる、アニメを中心とした各メディアの比較

エロゲーはアニメよりも強し グーグルの新しいサーヴィスを活用した興味深い記事。僕の消費量及び影響力は「漫画≒小説>>アニメ>>>ゲーム」なので、それとは逆に近いこの結果はなかなか興味深い。 ただ、グーグル・トレンドを用いた比較方法に関して、少…

ミクシィ・ピックアップ

5月上旬のミクシィの記事から抜粋(一部改変あり)。 5/2 『きみとぼくの壊れた世界』 西尾維新 新書 この小説には何某かの快感がある。それは主体と構造の快感かもしれない。 はてなダイアリーに書いた「全ての人間は、自分以外の主体になれないという意味…

ミクシィ・ピックアップ

4月に書いたミクシィの記事からいくつか抜粋(一部変更あり)。 4/12 マリアの心臓 という球体関節人形のギャラリーが渋谷にあるらしい。こんなのがあると知っていたらオフ会の後行ったのに……。 とりあえずギャラリーのサイトのURLを載せておきます。 http:/…